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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1022号 判決

主文

本件控訴及び当審における控訴人の新請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人の、参加費用は控訴人補助参加人の負担とする。

理由

一  履行不能に基づく損害賠償請求について

(本件株券寄託契約の当事者)

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  大報と真里谷は平成三年四月ころ、真里谷所有の福助株式会社株式(以下「福助株式」という。)二〇〇万株を担保に大報が金融機関から四〇億円を借入れすることを計画し、大報の代表者萩原は知人である日本通商株式会社の代表者渡辺に対し、被控訴人日比谷支店からの融資の斡旋を依頼していたところ、渡辺からケイ・トレーディングを間に入れる迂回融資の形であれば可能であるとの連絡を受けた。その後、同年五月九日、荻原は渡辺から、総額四〇億円の融資のうち七億七二〇〇万円の融資が実行されるので翌日四〇万株を持参して日比谷支店に来るよう連絡を受け、その旨真里谷に連絡した。

2  被控訴人日比谷支店次長であつた菅野は、平成三年五月九日午後二時ころ、菅野が当時不正融資をしていた相手方である昭和総合企画の代表者小林から、株式担保による四〇億円の融資依頼と株取引のための日比谷支店応接室の借用方の申し出を受けた。菅野は被控訴人において四〇億円の融資をすることはあり得ないので、これを断つたが、応接室の使用は了解した。その後、小林から菅野に対し融資先の手当はついたとの連絡があつた。

3  同月一〇日午後一二時三〇分ころ、昭和総合企画の常務取締役である柿原某らが日比谷支店を訪れ、応接室において、菅野に対し、株取引の相手方を応接室に通すことと取引をする株券のチェックを依頼した。菅野は自身では株券のチェックはできないため、日比谷支店に出入りしている証券会社の社員に連絡を取つて株券のチェックを依頼した。

一方、真里谷の経理部長大塚は、同日午後一時ころ、本件株券である福助株式四〇万株を持参して、真里谷の顧問弁護士である千葉弁護士、荻原とともに日比谷支店を訪れた。同支店では渡辺と大報の総務部長が大塚らを出迎え、ともに応接室に入り、大塚、荻原は渡辺から菅野を紹介された。また、そのことケイ・トレーディングの代表者河合慶一が社員と思われる秋川とともに応接室に入つた。

こうして、応接室には、菅野、大塚、千葉弁護士、荻原、渡辺、柿原、河合、秋川が参集したが、河合は間もなく秋川に任せてあるとして退席した。

4  大塚らが応接室に到着したのち、菅野が株券のチェックを依頼していた証券会社の社員が応接室に入り株券のチェックを始め、菅野は退席した。

当時、被控訴人においては、ケイ・トレーディングあるいは大報に対する融資をする予定はなく、菅野は応接室で行われる取引は、金融ブローカーである小林が株式担保の金融の取り次ぎをするものと考えていた。

同日午後三時二六分ころ、菅野は渡辺から、取引が成立しなかつたので株券を翌週の月曜日である同月一三日まで預かつて欲しいと依頼されてこれを承諾し、本件株券を預かり、渡辺の指示に従つて大報を名宛人とする被控訴人日比谷支店名義の取次票を作成してこれを荻原に交付した。右取次票には預かつたものとして有価証券一件、四〇万株との、また、指定日として「〇三--〇五--一三」との記載があり、更に、空欄に福助株式との記載がなされているだけで、株券の記番号の記載はなく、また、菅野が本件株券を預かる際に渡辺あるいは荻原らから本件株券の記番号を告げられたことはなく、記番号の確認は一切行われなかつた。なお、取次票は本来外訪活動をする渉外担当行員が顧客から銀行取引の申し込みを受け、現金、通帳、手形小切手などを預かり店舗に持ち帰る際に顧客に受取証として発行するものである。菅野は預かつた本件株券を日比谷支店内の金庫に保管した。

5  同月一三日午前一〇時ころ小林から菅野に対し、日比谷支店応接室の借用の申し込みがあり、同日午後一時三〇分ころ、渡辺、荻原、大塚、秋川が集まつたのち、秋川が取次票を仕事中の菅野のところに持参し、本件株券を再度確認したいとして金庫内から出すよう要求し、菅野はこれに応え、金庫から本件株券を出し、取次票と引き換えに本件株券を秋川に引き渡した。同日午後三時三〇分ころ渡辺が菅野のところに来て今日も取引が成立しなかつたので本件株券を再度預かつて欲しいと申し入れ、菅野は先に秋川から戻して貰つた取次票を渡辺に手渡して本件株券を預かつた。

なお、応接室においては、荻原、大塚に対し、渡辺、秋川から、被控訴人本店から四〇億円を一括して融資する話が進んでいるとの説明がされ、荻原、大塚はこれを待つことにしてその日は帰つた。

6  同月一四日午前一〇時三〇分ころ、渡辺、秋川が日比谷支店を訪れ、引き続いて小林が金融会社の社員ら三、四名とともに日比谷支店を訪れ、同日午前一〇時五〇分ころ、秋川が菅野に対し、金融会社が本件株券を確認するので本件株券を渡すよう求めた。その際、秋川は取次票を所持していなかつたが、菅野は、秋川が取次票は大報の社長が後で持参すると言つたのを信じて、本件株券を秋川に引き渡した。

その後、同日午後一二時過ぎころ、荻原、大塚、渡辺、秋川は日比谷支店で会合し、そのとき、渡辺、秋川は大塚、荻原に対し、被控訴人本店から四〇億円の融資が実行されるまでの間、他の金融機関ないし金融会社からとりあえず一部の融資をさせたいとの申し出がされたが、荻原、大塚はこれを断つて、再度翌日、日比谷支店に集まることにして別れた。

同日午後二時過ぎ小林、渡辺、秋川が日比谷支店から帰るころ、菅野は小林らに対し取次票の返却を求めたところ、秋川が午後五時までに持参すると答え、秋川は菅野の要求に従つて本件株券を受領した旨の書面(名義は河合慶一)を作成して菅野に交付した。

7  同日午後五時一〇分ころ、秋川から菅野に対し、取次票を確保できなかつたので明日正午までに持参するとの電話連絡が入つたため、菅野は小林に対し、取次票を早く回収するよう電話連絡した。菅野は翌一五日秋川に電話をしたが不在で連絡が付かず、同日から一六日にかけて小林に対し取次票の返還を再三催促したが、小林はもう少し待つて欲しいと言うのみであつた。そして、同日午後五時三〇分ころ菅野は渡辺から明日本件株券を用意して欲しいとの電話連絡を受け、更に、荻原からもそのころ本件株券の返還を求められた。ここに至つて菅野は事態が容易ならざるものになつていることに気付いた。

同月一七日には被控訴人の日比谷支店長から大報、真里谷らの関係者に本件株券が既に支店から流出していることの確認がなされた。

8  その後、被控訴人は大報、真里谷に対し同種同量の四〇万株の福助株式を返還すると申し出たが、大報、真里谷は菅野に預けた本件株券(原株券)の返還を求め話し合いは成立しなかつた。しかし、本件訴訟中である平成五年三月二六日、真里谷は被控訴人から福助株四〇万株を受領した。

以上のとおり認められる。

右認定に反し、証人千葉孝栄、同荻原武夫、同大塚孝夫は、菅野は被控訴人からの融資を前提に、担保となる本件株券が本物か否かを確認するために本件株券を預かると言つて寄託を受けたものである旨証言するが、右各証言は前記認定のとおり被控訴人において融資の予定がなかつたことや取次票を徴することなしに本件株券を秋川に引き渡した後の菅野の対応や証人菅野一明の証言に照らして俄かには措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、菅野は日比谷支店内において勤務時間中に被控訴人日比谷支店名義の取次票を交付して本件株券を受領し、日比谷支店金庫内に本件株券を保管したのであるから、単に菅野が個人的に預かつたとみることは相当でなく、菅野が被控訴人の業務の一環として被控訴人の代理人として寄託契約を締結したというべきであるところ、取次票の寄託者名義は大報となつているから、平成三年五月一〇日、大報と被控訴人との間で本件株券につき寄託契約が成立したと認めるのが相当である。

(本件株券返還の有無)

被控訴人は、平成三年五月一三日又は同月一四日大報の代理人である渡辺ないし同人の配下である秋川に対し本件株券を返還した旨主張する。

前認定の事実によれば、菅野は、平成三年五月一三日午後一時三〇分ころ、秋川の請求によりいつたん本件株券を同人に交付し、更に同日午後三時三〇分ころ渡辺から本件株券を再び受け入れて保管し、従前の取次票をそのまま流用したというのであるから、同月一〇日付けの寄託契約は終了せずにそのまま継続したとみるのが相当である。

そこで、同月一四日、菅野が秋川に本件株券を交付した行為が、寄託者大報に対する返還とみることができるかについて検討するに、同月一三日の払出し、再寄託については渡辺も関与していたものの、渡辺が大報との関係でいかなる権限を有していたかは証拠上明確でなく、翌一四日には渡辺も秋川も取次票を所持しておらず、これを入手しえなかつたのであるから、秋川が大報ないし渡辺の代理人又は使者であると認めることは困難であり、他に被控訴人主張事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、菅野は、取次票の返還を受けることなく、大報の意思確認もせずに本件株券を引き渡したのであるから表見法理による保護にも値しない。よつて、本件株券が寄託者に返還された旨の被控訴人の主張は理由がない。

(本件株券返還請求権の譲渡)

《証拠略》を合わせると、控訴人主張のとおり大報から真里谷に対し、本件株券返還請求権が譲渡され、被控訴人に通知されたことが認められ、同月一三日一時本件株券が払い出されたものの、同月一〇日付けの寄託契約は終了せずにそのまま継続していたとみるべきことは、前認定のとおりである。そうすると、控訴人は、被控訴人に対し本件株券返還請求権は有するものといわなければならない。

(本件株券返還債務の履行不能の有無)

控訴人は、右寄託契約に基づく本件株券の返還請求権は日比谷支店から本件株券が流出した際に履行不能になつたと主張する。

しかしながら、株券は同じ発行会社の株券であれば通常その経済的価値は同一であり、株券が代替性と高度の流通性を有することにかんがみると、株券の寄託契約において、受寄者が記番号で当該株券を特定し、あえて原株券の返還を約するなど、契約締結の事情から原株券を返還しなければ契約の目的を達しないなどの特段の事情のない限り、寄託の目的となつた株券と同種、同量の株券を返還すれば返還義務を免れるものと解すべきである。

これを本件についてみるに、菅野が本件株券の寄託を受ける際に記番号で株券を特定したり、原株券の返還を約した事実が認められず、取次票にも単に福助株式四〇万株と記載されているにすぎないこと、控訴人は、当時発行済株式の三〇パーセントを超える福助株式を保有しており、本件株券が市場に放出されると株価は暴落し、莫大な損失を被ることになるので、被控訴人は、寄託された原株券を返還する義務を有していたと主張するが、寄託当時、寄託者である大報又はその関係者が被控訴人に対し、そのような特別の事情を説明し、それが契約の内容となつたことを認めるに足りる証拠はないこと、《証拠略》によれば、真里谷は、平成五年三月二六日、被控訴人から本件株券と同種、同量の株券を寄託物の返還債務の履行として受領していることからみると、大報と被控訴人との間に成立した本件株券の寄託契約は同種、同量の株券を返還すれば返還義務を免れるという内容の寄託契約にすぎないものと認めるのが相当である。そして、右株式は上場株であるから、被控訴人において市場で容易に取得し得ることは明らかである。したがつて、本件株券の寄託契約に基づく返還請求権は、秋川が日比谷支店から本件株券を持ち出したことから当然に履行不能になつたということはできず、控訴人の履行不能を理由とする損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。

二  不法行為に基づく損害賠償請求について

前記認定の事実によれば、被控訴人はケイ・トレーディングあるいは大報に対し融資をする予定は全くなかつたにもかかわらず、渡辺、秋川はこれがあるように荻原、大塚に説明して本件株券を担保として差し出させるようにし、秋川は本件株券を結局持ち去つているのであるから、渡辺あるいは秋川について、詐欺による不法行為が問題となる余地があるとしても、菅野は不正融資先の小林の依頼を受けて日比谷支店応接室を提供し、渡辺らの巧妙な言辞に騙されて保管を依頼された本件株券を騙し取られたにすぎないとみるのが相当であり、菅野が渡辺らの詐取の意図を知つてこれに協力したとか、あるいは、詐取の意図を容易に知り得て詐取行為に過失により加担ないし渡辺らの詐取行為を幇助したとまでは認めることはできない。したがつて、被控訴人に対する不法行為に基づく請求も理由がない。

三  以上によれば、控訴人の債務不履行に基づく損害賠償請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、また、当審における不法行為に基づく請求も理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡 泰 裁判官 大谷正治 裁判官 山本 博)

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